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ねじ商社コノエ3代目河野裕社長インタビュー

事業承継から100年企業見据えた組織改革へ

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1952(昭和27)年、大阪市南区(現・中央区)でねじ専門店「栄商店」として創業した株式会社コノエ。商社でありながら、売りよい・買いよい・使いよいと「三方よし」のねじ小分けパック「ミックパック」を考案し、国土交通省の仕様書に記載される測量鋲「コノエネイル」を開発するなど、ねじの総合商社、測量明示境界用品のメーカーとして名を馳せる。確固たる地位を築いた創業者・河野栄さんから事業を承継した3代目社長・河野裕さんに話を聞いた。

2011年に3代目社長に就任されました。大学を卒業されてから就任までについてお聞かせください

河野 : まず大学を出てコノエに就職しました。1年弱ほど現場修行のような形で出荷作業やミックパックのパック作業などを行っていたのですが、祖父と共に取引先である大手企業の社長を訪問した際、「河野くん、よその釜の飯食わんと何の役にも立たへんで。そんなんでどないすんねん」と言われ、それがきっかけとなり1年後にその企業に入社することになりました。そこでは1年は営業部隊、2年は物流・倉庫で研修をさせていただき、その後コノエに戻り取締役に就任。祖父のかばん持ちとして外回り中心の修行をし、2011年6月に社長に就任しました。

他社から戻られてまず感じたことは

河野 : 修業先は一部上場企業で従業員も1000人以上、業界のトップを走るような会社です。当時の上司はとても理解がある方で、組織運営とは何なのか、部下の育成とはどういうことなのか、仕事を任せるということはどういうことかを教えていただき、育てていただきました。コノエに戻って最初に感じたのは、自社が「超ウルトラミラクルスーパーワンマン会社」ということ。トップが言わなければ誰も関知しない、指示が出たら動くというような、すべてが人ごとという風に映り、それを変えなければならないと感じました。事業承継の過程でよく、代表権を有する人が何人かいる会社があると思うのですが、いくら私が社長になったところで創業者が会社の所有者としている限り、社員は新米社長の私に判断させるより、創業者に判断をお願いした方が安心でしょうし、今まで通り指示を仰ぐだけで何事にも無関心で自発的に動かない会社は変わらない。会社組織云々の前に創業者・河野栄がバトンタッチしない限り、このコノエは変わりようがないという思いを強くしました。

まず何から始めたのでしょうか

河野 : 当然、バトンタッチに向けた資本政策、社長になるにあたっての施策を打っていきました。上場を一つのキーワードに、必要な社内統制、ルール、仕組み作りをする過程で、社内を浄化していこうと進めました。特別利害関係者である身内を整理し、株主の構成も変えていきました。それと同時に、祖父に対して事業承継・若返りの必要性、役員と社員が自発的にものを考えることができなくなっている現状を訴えていきました。

創業者の栄さんは納得されたのでしょうか

河野 : 何回もクビになりかけました。夜中にも電話が掛かってきて何度も「出て行け」「勝手なことするな」とボロクソに言われたのですが、会社が変わるために必要なんだ、理解してくれと、半年ほど説得を続けました。祖父の時代には年に1回、決算の3カ月後に役員の家族食事会で社業の報告を行っていたのですが、そこで代表者の交代を切り出し、翌年の6月に代表取締役社長に就任しました。

そこからどのような改革を行ったのでしょうか

河野 : まずは三角形の組織体系作りに取り組みました。役職者の権限を明確にし、仕事の明確化、明文化から始めました。

7年目ですが、変わってきたという実感はありますか

河野 : まだまだ道半ばです。ただ、以前よりは縦のラインが明確になってきたと感じています。組織の中で埋もれていた人材を掘り起こし、新しい仕事を一つ任せてしまうことで、自発的に動けるメンバーも増えてきていますので、これは成果の一つとして十分なものだと思っています。若手社員につきましても、今までは先輩の真似をし、背中を見て成長してきましたが、どんな能力の若手であっても上が育てて引き上げるという流れができてきたので、それも組織化の成果の一つだと思います。

会社案内を刷新したと聞きました

河野 : 5年前に刷新した時は、会社・製品に焦点を当てて重く、でもちょっとカッコよく会社を見せようというコンセプトがありました。5年間で変化があり、自発的に動ける社員が出て、部下を育てる流れが出来ているので、流行りではありますが今回は「コト」の部分に焦点を当てています。子どもにねじの大切さを伝える「にじいろのネジ」プロジェクトを2016年に立ち上げ、製品を介さないがねじの精神、ストーリーは繋がっているような「コト」の部分を重視した施策がされているので、比較的ポップなカタログを作ろうとしました。「そういったストーリーを持っている会社って楽しそうよね」と思って手に取ってほしいです。採用も意識していますが、当然社員向けでもあります。既存のコノエという会社をよく知ってもらっている先にもお届けして、今のコノエを知ってもらえる内容にしています。

にじいろのネジ
https://neji.nijiiro-kids.jp

アートディレクターやデザイナーを起用するのは業界では珍しいことだと思いますが、起用しようと思った理由はなんでしょうか?

河野 : 「にじいろのネジ」プロジェクトでは、絵本(文:安田真奈 絵:はりたつお)を出版しました。会社案内を刷新する際も、このプロジェクトを一緒に行っているキッズプロジェクトのアートディレクターであるカツミさんに、会社案内のデザインを依頼したら、面白くなりそう、楽しいものができると思ったんです。

採用の話が出ましたが、クッキング面接というものをされていると伺いました

河野 : 今まで社外秘にしてました(笑)。いわゆる対面式の面接でわかることなんて何もないと思ったので、今4年目の社員の代から行っています。どれだけ頭がよく、能力がある人でも「この人と一緒やったら楽しくやれるな」と思えないと続かないと思うんですね。その感覚をどういう面接なら感じられるのかと考え、グループで作業をする調理実習を採用しました。

面接に来た学生は戸惑っていませんか

河野 : 面接会場といわれて行った先が調理場なので、みんなざわついています(笑)。でも調理が始まると楽しんでくれています。包丁を持って通る時に声を掛ける人、料理はできないけれども率先して片付けをする人、仕切りたがる人。普通の対面式の面接からはわからない姿も見られるので続けています。その世代の社員は辞める者も少なく頑張ってくれています。

先ほど出た「にじいろのネジ」は、子どもたちにねじの大切さを伝え、ものづくりに興味を持ってもらいたいと始められた取り組みですよね

河野 : 絵本の出版のほか、開発したワークショップ用キットを使ったキャラクター作りなどを図書館や小学校で行っているのですが、始めた当初は、担当者以外は無関心でした。最近では運営の仕方など前向きな意見をくれるメンバーも出てきています。仕入先様も面白いと、一緒に製品化やイベントの打診をしてくれて、売り買いだけではない、新たな繋がりも増えてきています。今後はもっと認知度を高めて、「ものづくりのまち東大阪」発信のプロジェクトとして東大阪市をPRしていきたいです。

河野社長の代の間に創業100周年を迎えられると思います

河野 : 一つの目標ですね。あと34年。「にじいろのネジ」プロジェクトを進めているのもその一つですが、100年企業、長寿企業は創業当時から姿形を変えているところも多いですよね。100年企業になった時、もしかすると「にじいろのネジ」が中心で、会社と会社、会社と人を繋ぐひとつのストーリーとしてねじを扱っている会社になっているかもしれない。今あるものを手放さないといけないという恐怖や、未知の世界に足を踏み出す怖さもありますけれども、100年企業と呼ばれる企業はそういうものを乗り越えて、そういうものに打ち勝って、根底の部分は変わらずに表面上の部分はどんどん変わっていっているのではないかと思っています。変化を恐れず何事にもチャレンジしていきたいですし、新しいコノエとして製品についても改めて意見をいただき、サービスや製品をもっと良くしていきたいと思っています。

製品紹介

  • 手で回せるネジ『ノブスター』
  • コノエ測量用基準鋲
  • コノエマスターライン

会社概要

社名 株式会社コノエ
本部 〒578-0964
大阪府東大阪市新庄西4-28 流通センター7階
TEL: 06-6746-1903
FAX: 06-6746-0015
URL: http://www.konoe.co.jp/index.html
事業内容 <鋲螺事業部>
ねじ全般と関連機器の卸
全国の機械工具店、金物店など約2,000社への卸販売
<測量事業部>
測量用明示境界用品の製造卸
全国都道府県に各々1~2店合計65店の特約代理店販売