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天理大ラグビー部の市川選手・柿本選手、母校・日新高校に凱旋 在校生に講演

生徒からの質問に◯×で答える柿本選手(左)と市川選手

生徒からの質問に◯×で答える柿本選手(左)と市川選手

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 第57回全国大学ラグビー選手権で初優勝を飾った天理大学の市川敬太選手と柿本敬治郎選手が2月2日、母校の東大阪市立日新高校(東大阪市日下町)を訪れ、在校生に向け講演を行った。

生徒から花束を受け取る柿本敬治郎選手

 2人は同校の92期生で2016(平成28)年度卒業。市川選手は東大阪市立英田(あかだ)北小学校、英田中学校出身で高校時代はBK(バックス)リーダーとして活躍。1月に行われた大学ラグビー選手権、早稲田大との決勝戦では4トライを挙げた。柿本選手は東大阪市立枚岡東小学校、枚岡中学校出身で、高校時代はFW(フォワード)リーダー。天理大ではレギュラーで活躍するもけがに見舞われ、大学選手権ではウオーター係としてピッチに立った。

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 1・2年生を対象にした全校集会では、生徒会の生徒の進行でインタビュー形式のトークを展開。そのほかの生徒はリモートでそれぞれの教室から視聴した。「どのようにその体を作ったか」と質問された柿本選手は「バランスの良い食事をしてトレーニングをしたら大きくなった。おすしとオムライスが好き」、大学選手権でのウオーター係については「応援しているほかのメンバーと違って選手と実際にトークできる立ち位置なので、観客のたくさんいるステージでいつも通りのプレーができるように声を掛け、特にフォワードの選手にはいつも通りという声を掛けていた」と明かす。

 高校時代の経験で今、一番生きていることを聞かれた市川選手は「厳しい練習もあり怒られることもあったが、ひたむきに全力で取り組むということを坪内先生が教えてくださったので、その軸を3年間で作れたのが大学での成長につながり日本一になれた」、将来の夢については、「日本一になった仲間が6名ほどトップリーグという舞台でラグビーができるので、自分もそのリーグに入って、日本一になった仲間と次は対戦相手として戦うのが自分の近い夢」と話す。

 在校生に向けて柿本選手は「最後の最後にメンバーとして選ばれなかったことはとても悔しくて、その要因は何かと考えたらやっぱり毎日の努力が足りなかったと思った。毎日頑張り続けるというのは精神的にしんどいが、最後に日本一になった時に最高の景色を見られるのは毎日努力できる選手。自分の目標を達成するためにひたむきに毎日、勉強であれ、スポーツであれ、私生活においてもひたむきな姿勢でやっていくことが大事」とメッセージを送る。

 市川選手は「天理大学に入学したとき、全国大会に出場している選手たちがいっぱいいるチームに入って、最初は自信がなかったが、レギュラーに入って日本一をつかみ取りたいというのが自分の中の目標だった。すぐに諦めるのではなく、チャレンジし続けられたからこそ最高の景色を見ることができたと思う。今の日新高校の生徒にも、スポーツしているかなどは関係なく、何か目標を立ててそこにチャレンジし続けてほしいというのが僕が一番伝えたいこと」と締めくくった。

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